ブランドというのはそもそも どうして生まれたのでしょうか
考えてみれば およそ服というものは 本来的には
着られればそれでいいはずです
ダーウィンの進化論に従えば ヒトはサルから進化したものだそうです
そして ヒトは進化を経て理性を手に入れました
その理性を手に入れたことで
ヒトは「裸である」ということに羞恥心を覚えるようになり
それを隠すためにヒトは服を身に着けるようになりました
そうすると 服というものは 身体を隠せればそれで良いはずで
その隠すためのものが高価なものである必要は 全くないはずです
実はブランドの始まりは 以上のような点とは違った意味での
羞恥心に起源があるようです
ブランドというのは もともと 年齢を重ねて体のラインが崩れてきたのを
「洋服」という布で被うことによってカバーしよう
という考え方から生まれたものであるという説があります
布を多く使って なお服として成立させるには かなりの技術が必要です
そうすると その技術によって生まれたものには
少なからず希少価値が出てきます
そして希少価値が出るから 自ずと値段も高くなる傾向にあります
値段が高いゆえに それを着用する人間は
ある程度ステータスのある人間に限定されていくことになります
こういった流れでブランドというものが生まれたようです
2009年現在
世の中の人たちのブランドに対する価値観みたいなものの
(創り手の姿勢や気持ちも)
ピークはもう通りすぎ 少し下ったのかな なんて気がします
なんでも簡単につくれて 手に入る時代になることって
本当によいことなのか? ってよく考えてしまいます
なんだかかなしいです
BRAND
2009年11月27日金曜日
2009年11月22日日曜日
WHITER SHADE OF PALE
2009年11月20日金曜日
when crocs ruled
こういう記事を見ていつも考えることがあります
「では私たちにできることは?」
以下
ナショナルジオグラフィックより
2億4000万年前に出現して以来、ワニは数々の困難をものともせず、命をつないできた。そして今、人類という“敵”と戦っている。
米国フロリダ州ビスケーン湾を後にした1頭のアメリカワニが、ヨットが係留された運河を通り抜けて、マイアミ大学の構内にすみついたのは2008 年夏。大学にワニが出現したのは初めてではないが、このワニほど有名になったものはいない。学長のドナ・シャレーラにちなんで、「ドナ」と女性の名前で呼ばれるようになったワニ(のちに雄であることが判明した)は、学生用パブの前庭の芝生に陣取って、日向ぼっこをすることがあった。そんなときは、ピクニックテーブルをいくつか移動することになったが、それ以上の面倒を起こすことはなかった。
それから数カ月たった10月1日早朝、ドナは何者かに殺された。フロリダ州法と合衆国連邦法で、アメリカワニは絶滅危惧種に指定されていて、ワニを殺すのは違法行為だ。学生も教員もみな憤慨した。1カ月後、一人の男と十代の少年が逮捕された。伝えられるところでは、ワニの頭骨欲しさの犯行だったという。
ドナの身に起きたことは、ワニ類全体の苦境を象徴しているように思う。ワニ類はクロコダイル科、ガビアル科(クロコダイル科に含める研究者もいる)、カイマン亜科を含むアリゲーター科からなり、23種が確認されている。数百万年に及ぶ地球規模の気候変動や地殻変動、予測不能な生態系の変化をくぐり抜けてきたワニたちは今、生き残りをかけて新しい問題に直面している。相手は私たち人間だ。
1970年代、フロリダ州に生息していたアメリカワニは400頭を割り込んでいたと推定される。急激な人口増加に伴う開発により、アメリカワニは安全な生息域の多くを失うこととなった。さらには、皮革目当ての密猟者に殺されるもの、博物館での展示用に剥製(はくせい)にされるもの、動物園などで飼育するため生け捕りにされるものが後を絶たなかった。
だが、その後の保護対策のおかげで、州内の個体群は回復し、今では約2000頭を数える。「アメリカワニの管理に、難しい科学技術など必要ありません」と話すのは、フロリダ州クロコダイルレイク国立保護区の責任者スティーブ・クレット。「生息域を保護して、殺されないようにしてやれば、数は増えます。今、問題になっているのは保護地域の狭さです。アメリカワニが増えても、すむ場所がないのです」
ドナの場合、安住の地を探してたどり着いたのが都市部だったというわけだ。そこはすむべき場所ではなかったが、ほかにましな選択肢がなかったのだろう。
このワニだけに限らず 人類と動物 環境の問題は増える一方です
「では私たちにできることは?」より
まずは真実を知り
そして意識するところからはじめてみます
when crocs ruled
「では私たちにできることは?」
以下
ナショナルジオグラフィックより
2億4000万年前に出現して以来、ワニは数々の困難をものともせず、命をつないできた。そして今、人類という“敵”と戦っている。
米国フロリダ州ビスケーン湾を後にした1頭のアメリカワニが、ヨットが係留された運河を通り抜けて、マイアミ大学の構内にすみついたのは2008 年夏。大学にワニが出現したのは初めてではないが、このワニほど有名になったものはいない。学長のドナ・シャレーラにちなんで、「ドナ」と女性の名前で呼ばれるようになったワニ(のちに雄であることが判明した)は、学生用パブの前庭の芝生に陣取って、日向ぼっこをすることがあった。そんなときは、ピクニックテーブルをいくつか移動することになったが、それ以上の面倒を起こすことはなかった。
それから数カ月たった10月1日早朝、ドナは何者かに殺された。フロリダ州法と合衆国連邦法で、アメリカワニは絶滅危惧種に指定されていて、ワニを殺すのは違法行為だ。学生も教員もみな憤慨した。1カ月後、一人の男と十代の少年が逮捕された。伝えられるところでは、ワニの頭骨欲しさの犯行だったという。
ドナの身に起きたことは、ワニ類全体の苦境を象徴しているように思う。ワニ類はクロコダイル科、ガビアル科(クロコダイル科に含める研究者もいる)、カイマン亜科を含むアリゲーター科からなり、23種が確認されている。数百万年に及ぶ地球規模の気候変動や地殻変動、予測不能な生態系の変化をくぐり抜けてきたワニたちは今、生き残りをかけて新しい問題に直面している。相手は私たち人間だ。
1970年代、フロリダ州に生息していたアメリカワニは400頭を割り込んでいたと推定される。急激な人口増加に伴う開発により、アメリカワニは安全な生息域の多くを失うこととなった。さらには、皮革目当ての密猟者に殺されるもの、博物館での展示用に剥製(はくせい)にされるもの、動物園などで飼育するため生け捕りにされるものが後を絶たなかった。
だが、その後の保護対策のおかげで、州内の個体群は回復し、今では約2000頭を数える。「アメリカワニの管理に、難しい科学技術など必要ありません」と話すのは、フロリダ州クロコダイルレイク国立保護区の責任者スティーブ・クレット。「生息域を保護して、殺されないようにしてやれば、数は増えます。今、問題になっているのは保護地域の狭さです。アメリカワニが増えても、すむ場所がないのです」
ドナの場合、安住の地を探してたどり着いたのが都市部だったというわけだ。そこはすむべき場所ではなかったが、ほかにましな選択肢がなかったのだろう。
このワニだけに限らず 人類と動物 環境の問題は増える一方です
「では私たちにできることは?」より
まずは真実を知り
そして意識するところからはじめてみます
when crocs ruled
2009年11月17日火曜日
chromium molybdenum steel
2009年11月13日金曜日
Pin heel rider
攻めてますねぇ
どうせだったら
MANOLO BLAHNIK とか Christian Louboutin
あたりでいってください そうしたら好きになるかも
攻めてますねぇ
え 好きです
攻めすぎですねぇ
お父さんにしかられますよ
Pin heel rider
どうせだったら
MANOLO BLAHNIK とか Christian Louboutin
あたりでいってください そうしたら好きになるかも
攻めてますねぇ
え 好きです
攻めすぎですねぇ
お父さんにしかられますよ
Pin heel rider
2009年11月11日水曜日
Lifework
生涯現役とはまさにこの人たちのことですね
Giorgio Armani
75歳
Karl Lagerfeld
こっちもKarl Lagerfeld
76歳
Valentino Garabani
76歳
Valentino Garabani自身は2008年の
オートクチュール・コレクションを最後にデザイナーを引退しました
現在は過去10年に渡り
Valentinoのアクセサリーコレクションを担当してきた
Maria Grazia ChiuriとPier Paolo Piccioliの2人がデザインをしています
しかしValentino Garabani自身は引退後もメディアの前に
現れては 人々を魅了し あふれるパワーを放っています
コレクション風景 作品
それぞれタイプこそちがうもの のこの歳になっても
今もなお世界のトップに君臨し続けられるのは
誰も寄せ付けないほどの Power と Passion だと私は感じました
Lifework
Giorgio Armani
75歳
Karl Lagerfeld
こっちもKarl Lagerfeld
76歳
Valentino Garabani
76歳
Valentino Garabani自身は2008年の
オートクチュール・コレクションを最後にデザイナーを引退しました
現在は過去10年に渡り
Valentinoのアクセサリーコレクションを担当してきた
Maria Grazia ChiuriとPier Paolo Piccioliの2人がデザインをしています
しかしValentino Garabani自身は引退後もメディアの前に
現れては 人々を魅了し あふれるパワーを放っています
コレクション風景 作品
それぞれタイプこそちがうもの のこの歳になっても
今もなお世界のトップに君臨し続けられるのは
誰も寄せ付けないほどの Power と Passion だと私は感じました
Lifework
2009年11月10日火曜日
My favorite
THE WAILERS
誰もが知っている偉大なアーティストですね
多大な人々に影響を与え 夢を与えました
もはやREGGAEというジャンルにはくくりきれず
「BOB MARLEY & THE WAILERS」
というジャンルだと私は思っています
そして当時のREGGAEシーンの
トレンドセッターでした
THE WAILERSの歴史を追うと
大まかに時代ごとに区切ることが出来ます
今日はどうしても聴きたくなって
これずっと聴いてました
THE WAILERSの初期音源です
他には
Diamond Baby とか Habits なんかも有名ですね
60年代半で SKA の時代
このころのWAILERSは3人のヴォーカルが
尖りすぎてて 素晴らしい
まだ荒削りなところもグッときます
当時は coxsone からびっくりするくらい
安いギャラでレコーディングしていたそうです
重みが違いますね
誰もが知っている偉大なアーティストですね
多大な人々に影響を与え 夢を与えました
もはやREGGAEというジャンルにはくくりきれず
「BOB MARLEY & THE WAILERS」
というジャンルだと私は思っています
そして当時のREGGAEシーンの
トレンドセッターでした
THE WAILERSの歴史を追うと
大まかに時代ごとに区切ることが出来ます
今日はどうしても聴きたくなって
これずっと聴いてました
THE WAILERSの初期音源です
他には
Diamond Baby とか Habits なんかも有名ですね
60年代半で SKA の時代
このころのWAILERSは3人のヴォーカルが
尖りすぎてて 素晴らしい
まだ荒削りなところもグッときます
当時は coxsone からびっくりするくらい
安いギャラでレコーディングしていたそうです
重みが違いますね
Good condition
2009年11月8日日曜日
2009年11月7日土曜日
登録:
投稿 (Atom)